映画雑感ー本屋時々映画とドラマ

映画・ドラマレビューばかり書いている書店員のよもやま話

過去に囚われた2つの雲の物語『浮雲』と『乱れ雲』(成瀬巳喜男監督)

ただのミーハー心で聴いた銀杏BOYSの「骨」が、最近頭から離れなくて。

浮雲のように私を連れ去っていく」というフレーズを繰り返し呟いてしまう。

そう、それで『浮雲』。

 

学生の時見たときは正直よく分からなかった。道ならぬ恋の熱情も消え、夫婦になるわけでもなく、付かず離れず異国から温泉街、屋久島まで流れ流れて。大変だなと。

 でも数年ぶりに見直してみたらなんだかものすごく、わかるような気がした。

 

「東京ブギウギ」を唄う浮き足立った人々を見つめながらピシャリと窓をしめ顔をしかめた高峰秀子と、隣で酒を飲む森雅之。クリスマスの音楽も2人の心を浮き立たせるものではない。あちら側には、元からいられない2人なのだ。

 

「昔のことがあなたと私には重大なんだわ。それをなくしたら、あなたも私もどこにもない」

空っぽの2人。あるのは小さな橋の上を手と手を取り合って歩き、キスをした、その思い出だけ。過去に囚われた男と女は、離れたくても離れられない。「あんたなんか嫌いよ」と言いながら、求めずにはいられないのだ。大切なのは、あの時、橋の上を2人で渡ったこと、見つめあったこと。それだけが、2人の人生にとっての一瞬の輝き、「正しいこと」だったのかもしれない。

 男は戦争が終わった時、もう既に心は”もぬけのから”だったのだろう。「身体があっても心がもぬけのから」の男を、女たちは放っておかない。そしてその空洞は底なし沼のように、多くの女たちを飲み込んでいってしまう。それでも男はニヒルに微笑んで、いなせな男を気取るのだ。

 一方、女はそんなこと言っていられない。はっきりしない男に頼らず、女が1人で生きるためには働くしかない。そして彼女も次第に自分をすり減らし、堕胎し、病に伏せっていく。その過程は、彼女自身もまた、”もぬけのから”になっていくことに他ならない。彼女の場合は、身も心も。

 

どんなに憎まれ口を叩きながらも、高峰秀子は最後の最後まで男が女中と話しているところを不安げに目で追っていて、そこにあるのは恐らく嫉妬と、奪われたくないという固執なのである。

憎まれ口を叩きながらも、彼女は最後に「奥さん」と人に呼びかけられて嬉しそうな顔をする。それがどうにもいじらしい。

 

一方の『乱れ雲』。こちらは加山雄三司葉子。こちらもある意味1つの過去に囚われた男女の恋物語だ。交通事故の加害者と被害者遺族。会わないはずの2人を結びつけた、忌まわしい過去は、立場の違う2人を皮肉にも似た境遇へと追いやり、運命は2人を離さない。償いたい男とそれを拒み新しい人生を生きようとする女が次第に心を通わせていく。

 

司葉子の色気にやられたのかどうなのか、いくら過失とはいえ「そりゃ調子よすぎないか」とツッコミを言いたくなる出来事がいくつも続くわけだが。

最初は敵視していた司葉子が次第に加山雄三の快活さと、湖でボートを漕いでいたら高熱でぶっ倒れるといった頼りなさに、母性をほだされていく。加山は水筒での間接キスに喜び、相合傘と、同じ旅館の部屋というシチュエーションにどぎまぎし、徹夜の看病までしてもらう。

加山雄三の転勤がさらなる奥地、マラリアの発祥地とも言われるラホールに決まり、何を思ったか彼は「ラホールへの転勤が決まったら一緒に来てほしい」と司葉子に投げかける。最初の婚約者への青森行き同行の申し出がすげなく断られたことのリベンジなのだろうが、それはなかなか、、凄くはないだろうか?

逡巡し、一度は断ったものの、再び彼のもとに会いに行く司葉子。階段から加山を見上げる表情がなんとも色っぽく、美しい。

次第に盛り上がっていく彼らは、何十年も後に観ている私が何を言ってもしかたがない。これはもう完全に恋の病。辛い日常から逃げ、夢見心地で恋に溺れているのである。

 

ただ、この映画のなにが凄いかって、その後のシークェンスなのだ。彼らは意を決して2人でタクシーに乗り駅に向かう。2人でラホールへと向かうために。

踏み切りの音が鳴り、電車がだいぶゆっくりした時間をかけながら彼らの前を通り過ぎる。あまりに長いので加山はタバコを手にとり、司もなんだか落ち着かない。音楽が不穏な印象を引き立てる。

 

その時の何か起こりそうな恐怖。観ているこっちが息が詰まる。電車が突然脱線して、彼らに襲いかかるのではないか。祝福される間柄ではない、許されない2人の関係を何かが拒むのではないかと思わせる恐ろしさ。

 

その後決定的な「何か」が起こってしまい、彼らは夢から覚めることになるのだが、その過程も実に凄まじい。これまで見せられてきた夢が、残酷にも砕け散るまでのカウントダウン。あの長く長く通り過ぎる電車はラストへの布石だったのだ。彼らが共に、無意識に感じてしまった「予感」。

ああ、こういう悲恋もあるのだと気づかされてくれた1作。

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